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역사

1935年~
創業・基盤形成
浅草の地にて、革製品のオーダー、修理、染め替えを手がけるカドヤ皮服店として創業。職人の手仕事による確かな技術で信頼を積み重ね、時代の変化とともにモーターサイクル分野へ進出。機能性と耐久性を重視したものづくりへと領域を広げ、ブランドの礎を築いた。
1985年~
店舗展開・法人化
フランチャイズ展開により販路を拡大しながら、株式会社として法人化。現所在地に自社ビルを構え、本社機能を集約するとともに、直営店の展開を開始。ブランドの世界観や価値を直接届ける拠点づくりを進め、事業基盤の強化を図った。
2000年~
成長・多拠点展開
仙台をはじめ、大阪・福岡・名古屋など主要都市へと直営店を拡大。各地での展開に加え、既存店舗のリニューアルやサービス領域の拡充にも取り組み、革製品の専門企業としての存在感を全国規模へと広げていった。
2020年~
ブランド展開・革新
新ブランドの立ち上げをはじめ、カルチャーや作品とのコラボレーションを通じて新たな価値を創出。大型店舗のリニューアルや国際イベント出展などにも積極的に取り組み、ブランドの表現領域を拡張している。さらに近年はECを軸に海外展開を加速し、グローバル市場へと活動領域を広げている。
2026年~
100周年へ向けた、新たな10年のはじまり
これまで培ってきた技術と思想を礎に、次の100年を見据えた新たな歩みが始まる。 変わらないものを守りながら、変わり続けることを恐れず、時代に応えるものづくりへ。

創立と海を超えた奇跡

革の街・浅草

日本で最も歴史のある革ジャンメーカーであるカドヤ。その挑戦と革新の企業精神は創業から90年もの間、揺らぐことはなかった。カドヤは創業から浅草に根をはり営業を続けてきた。

その本場・浅草にカドヤが創業したのは、第二次世界大戦がはじまる6年前の1935年。

創業当初の店名は「カドヤ皮服店」。いわゆる洋服屋である。職人の町である浅草には、当時から同じような洋服屋がたくさん営業していた。

東京・浅草は古くから革問屋が多く、皮革製品も盛んに作られていた。そんな競争の激しい浅草で、何故カドヤが国内はもちろん海外でも知られるメーカーになったのか。

創業者

深野正次郎

創業者/深野正次郎が東京浅草にてカドヤ皮服店開業。

皮革産業のメッカである浅草の地の利を生かし革製品の修理、染め替え、革の仕立て服などを手がける。「お客さんの要望に応えてこそ信頼が得られる」バイク好きの正次郎が作る革ジャンは評判になりやがて一家言持つライダーたち大勢集まるようになってゆく。

創業当初から、カドヤは革製品の修理と染め替えも行っていた。当時、革は貴重な素材で、自社の製品を作るかたわら「この革で足袋や革ジャンを作ってくれ」、あるいは「この革ジャンを染め直してくれ」という要望に応えることも多かった。

現在でもオーダーメイドはカドヤにおける柱のひとつであるが、サイズ調整はもちろん、ユーザーの好みに合わせたカスタムを受け付けているのは、創業者の故・深野正次郎の、「革はお客さんの好みで作り変えるもの」という考えが、今でもしっかり息づいているからだ。

1930年代の奇跡

モーターサイクルジャケットの研究家・田中凛太郎氏によると、革ジャンの歴史は約100年。イギリスがその発祥の地とされているが、モーターサイクル用として初めて作られたのは1930年代のアメリカだったという。

それは、ちょうどカドヤの創立と同じ時期だった。

「オヤジもバイクが好きで、バイク用の革ジャンをよく作っていました。もともとは革の製品なら何でも作っていましたが、革ジャン作りの上手い店があると評判になり、ライダーが大勢来るようになりました」
(創業者の故・深野正次郎の長男で、現会長の深野正孝)


当時、革ジャンを作るにも作り方の教科書などあるわけもない。米軍払い下げの革ジャンの修理やサイズ直しの依頼も多く、正次郎はそこで欧米の革ジャン作りを学んだ。

本格的なライダースジャケットの販売

ブランド「KADOYA」始動

1930年代。その頃は革ジャン用の革などはなく、お客さんが持ち込んだ革やカバン用に仕入れたものを利用していた。当時から既製品の革ジャケットも存在していたが、造りがヤワですぐに裂けてしまうようなものが多く、本物志向のライダーには「革ジャンはオーダーメイドに限る」という考えが根付いていた。

カドヤが本格的にライダースジャケットを作り出した約50年前は、特に外車に乗っているお客さんが多かった。現会長の深野正孝が最初にカドヤのロゴマークを作りそのブランドを確立し、全国にカドヤの名前を知らしめることとなる。

現在のカドヤのマークと言えばクラウンマークと呼ばれる王冠を模した枠にKADOYAのロゴと日の丸が描かれているものだが、最初は馬のマークとローマ字の筆記体のネームを裏地に縫い付けていた。馬のマークは午年の正孝が馬好きだったからだが、その後長く使用されることになる。

そしてそのマークはライダー以外のお客さんをも強く惹きつける象徴となった。

「着る人のことを考えて作る。当たり前のこと。」

写真:KADOYAで子供たちにサインをねだられるジャンボ鶴田氏

深野正孝(現会長)「オヤジはお客さんを大切にしていた。そして自分の作った革ジャンに誇りを持っていた。ハーレーやトライアンフに乗っているクラブチームの革ジャンをよく作らせてもらいました。それに有名人やスポーツ選手も多かった。学生当時、店の前に人だかりができていて何があったのかと覗いたら、店の中に坂本九さんがいてね。オヤジが採寸していました。」

カドヤ製品の品質の高さは多くの人が知るところとなり、特に芸能人御用達と言われるほど有名人に愛用者が多かった。

若い頃のビートたけし、仮面ライダー1号を演じた藤岡弘をはじめ、石原プロの舘ひろしやカースタントをやっていた三石千尋には何着も革ジャンを作った。KUWATA BAND時代の桑田圭佑、仲村トオル、シャ乱Q、安室奈美恵などもカドヤユーザーである。

深野正孝(現会長)「プロレスラーやプロボクサーもいたね。両国の関取衆も親方に内緒でバイクに乗って革ジャンを作りにきた。彼らは既製品じゃサイズが合わないからオーダーメイドしか着られなかったんだろうけどね」

二代目代表

深野正孝

1975年(昭和50年)二代目代表に就任。モーターサイクルの分野に集中し事業を拡大。 職人気質の物作りにこだわり、自身の趣味でもあったバイク用ウエアに特化。 柔軟で斬新な発想のもと次々とこれまでにない商品を世に送り出す。 下町の親父として各方面からこよなく愛されている。

モーターサイクルとともに

1975年、創業者深野正次郎の息子である正孝が2代目社長に就任。この頃よりモーターサイクルの分野に集中し事業を拡大する。

職人気質の物づくりにこだわり、自身の趣味でもあったバイク用ウェアに特化した商品を開発。柔軟で斬新な発想の元次々とこれまでにない商品を世に送り出す。

その結果、バイクブーム到来とともに、カドヤの名前は一気に知られるようになる。一時期は何十名ものレーシングライダーをサポートし、筑波サーキットには大企業に並んで看板も設置した。

80年代に入っても創業当初の「オーダーメイド」と「高い品質の製品を作る」といったポリシーは変わらなかった。

BATTLE SUIT

ハードなバイクユーザーのユニフォームとなった「BATTLE SUIT」。 全身14箇所に革巻硬質プロテクターが装備された史上最強の防御服である。本体に1.5mmの極厚牛革を使用し、プロテクターの位置を要所に正確にフィットさせるためにすべてがフルオーダーメイド。

先駆者のプライドとロングセラーの実績が信頼を築き続ける、まさに”BATTLE”SUITなのである。 その戦闘的すぎるフォルムは数々のライダーを魅了し、KADOYAの安全・信頼性をより確かなものとした。

その他にも初のMFJ公認2ピーススーツとして発売された「OVERGUARD SUIT」などの数々のベストセラー商品はどれも、カドヤならではの唯一無二の発想と熟練職人の技により誕生したものだった。 

お客様にさらに喜んでもらうために

ライダー達との更なるコミュニケーションを取るべく、カドヤは様々なチャレンジを行なっていく。

KADOYAファン達への還元イベント「ファンミーティング」、ストリートアタッカー・佐藤信哉と共に行った「信哉DAY」、伝説的作品「AKIRA」30周年を記念して行われた「AKIRA【A】プロジェクト」…

ライダーだけでなく、モーターサイクルに関わる様々な分野との交流機会を作ることで、多種多様なお客様とのコミュニケーションが取れるよう、「モーターサイクルを楽しむ人」のライフスタイルにも目を向けた。 

AKIRAバイク

夢を追い求め、新たなチャレンジ、進化はつづく。

KADOYA GRAFFITI.1

2005(平成17年)、創業70周年を記念し小冊子「KADOYA GRAFFITI」を発行。 

Ref Leather

皮革専門のクリーニング事業「Ref Leather(リフレザー)」をスタート。
革製品を末長く愛用していただくためのアフターサービスである。

「この新事業は革ジャンを作り続けてきた私の、最後の使命だと思っています。技術的な問題があっていままで手が出せなかったのですが、実績のある手法を取り入れ、ようやく実現できます。 

長年描いてきた体制がこれで出来上がる。今後は革ジャン作りと共に、この事業をもっと研究してよいものにしていきたいです」(現会長・深野正孝)

常に革新を

職人の醸成

現在、カドヤの本社工場には、ベテランと若手の職人がいいバランスで在籍している。ベテランの技と若手職人の熱意。双方がお互いに足りないものを補い、よりよい製品作りを目指している。

工房の中では、勤務時間中に一切の私語はない。ピリピリとした空気が漂い、外部の人は異様な雰囲気だと感じるかもしれない。 そこはまさしく職人の真剣勝負の場なのだ。

「どの職人が作ったか、クセがあるからすぐわかるんです。そこで思うのは、やっぱりカドヤの製品は職人ありき。その時代ごとに職人同士がシノギを削っていいものを作り続けてきたんだなと実感します」(現会長・深野正孝)

Kadoya에 대해

"오토바이 라이딩에 대한 엄격한 표준을 정리 한"진정한 "만 제공하십시오."
이것은 Kadoya의 모토이며 자랑스러운 정체성입니다.
최근 몇 년 동안 일본에서 몇 안되는 것 외에도 최근 몇 년 동안 기본에서 매우 단단한 라인에 이르기까지 다양한 고품질 제품이 있습니다.

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